常々感想記

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崖っぷち

introduction

 

拝啓、クソったれ世界様。

 

本の帯にとてもこちらを煽ってくるフレーズが書いてあった。そんなわけで僕も「くそったれ本を読んでやる!」という気持ちで本を買う。内心はめちゃくちゃ期待していた。

キャッチコピーに違わぬ内容で身近なものを片っ端から罵倒し、否定し、叩きのめしていた。頭の中に渦巻く憎しみをそのまま書き出しているのでひじょーに読みにくい本だった。

 

author

 

フェルナンド・バジェホ。彼はコロンビア生まれの作家。だから大別すればラテンアメリカ小説になる。この作品でロムロ・ガジェゴス賞を受賞しており、過去にはガブリエル・ガルシア・マルケスやマリオ・バルガス・リョサなどのノーベル文学賞受賞作家もこの賞を獲得した。

個人的な感想を言えば、バジェホはノーベル文学賞獲れないだろうなぁ。欲しいとも思ってなさそうだけど。

 

plot summary

 

大好きな親父は死んだし、弟はヤクと酒漬け、終いにはエイズにかかって死んだ。どうしようもなかった。お袋と呼びたくもないあばずれ女はなぜかしぶとく生きている。なぜだ?ガキ製造機の気狂い女は絶えず俺らを悩ませる。こんなクソみたいなメス犬はくたばっちまえ!

 

review

 

一応あらすじを書いたけれど、この本には厳密な意味でのあらすじはない。最初から最後まで痰を飛ばして毒を吐く。喉をからして呪詛を唱える。それだけの本だった。時系列もてんでバラバラ。

神と祖国なんてクソ喰らえ!神なんて存在しないし、存在しているならそれは豚の似姿。

 

「これを作った奴には二回クソをぶっかけてやる!一度はそいつのお袋に、もう一度はそいつのバアさんに」

 

母親はたった一人しかいないというけれど、嘘言うんじゃない、三十億人以上いるだろうが!

 

「あの孕んだ姉ちゃん、轢き殺すか?どうだ?」

 

どうして天使が悪魔を孕むのだろうか?教えていただきたい、シャーロック・ホームズさん。とても簡単なことだよ、ワトソン君、遺伝子だ。レンドン家の遺伝子さ!

抜粋したこれはほんの一部。

ぼくは圧倒されっぱなしで、読んでいてもあまりの言葉の弾丸に面食らい、なにがそこまで憎いのか、どうしてそこまで憎いのかわからなかった。しかし読み終わった時には不思議と「憎しみ」という感情より、書き手=主人公、の悔恨・苦悩・疑問の本だったと感じた。その答えを探すことが、手当たり次第目につくものに憎しみを撒き散らす行為だったのではないか?

 

何かを否定する時は、その何かに対して「自分が正しいと信じている」か「正しいかわからないが、どこかまちがっていると感じている」時だと思う。

この本では圧倒的に後者。「正しいかわからないが、どこかまちがっていると感じている」から目につくものすべてに罵声を浴びせている。

「自分が正しいと信じている」人にはどこか余裕がある。なぜ?余裕がなければ信じることはできないから。信じるための根拠は経験にしろ理屈にしろ感情にしろ、己にとって確固たるものでないと何かに対し正しいと信じきることはできない。

信じるものはないけれど、間違っていることはわかる。こんな状態、苦しいに決まっている。だからこそ、そのクソったれな世界から逃げるために父親安楽死させ、弟を見捨ててしまったのではないか。

それでも、自分の中から湧く憎しみは止むはずもなく世界との対峙は続くのだが。

 

何かを嫌い、否定することにも大きなエネルギーがいる。訳者の久野量一さんもあとがきで述べている。

人が何かを憎むこと、否定することができるのはその対象を限りないまでに愛した経験があるからということだ。愛した経験がないものを人は本気で憎むことはできない。

ここでなるほど、と頷くことは容易い。しかし、ぼくにはそれがいまいちピンとこない。まさに「何かを限りないまでに愛した経験」がないから。ぼくは、いつか何かを心のそこから愛することができるのだろうか。

そんなことを思わされてしまった。

 

しかし、やたらめったに悪態をつく人も端から見ている分にはどこか可笑しくて笑ってしまうんだよなぁ。

 

「ぐるるるるるる……」雌虎は吠えた。

「もうおしまいだ、クソババア」おれはその女から習った甘くて洗練された言葉を吐いた。

崖っぷち (創造するラテンアメリカ)

崖っぷち (創造するラテンアメリカ)