狐が風鈴を鳴らす

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『犬の心臓・運命の卵』ワンワン・タマタマ

 

introduction

20世紀初頭のロシアは大変。とんでもないことが次々と起こり、次々と終わった。恐怖政治とかソ連崩壊とか世界大戦とか。とか、で済まされないことが多々起こった。

笑えない状況を憎々しく思っていた知識人の一人。ミハイル・ブルガーゴフは小説を書いた。諷刺に富んだ奇想天外な小説。今読むと笑い話になっていることに著者は何を思うのだろう。

 

plot summary

犬の心臓

ヒトの脳下垂体と睾丸を移植された犬が名前を欲し、女性を欲し、権利を求めて労働者階級と共鳴しブルジョアを震撼させる。

 

運命の卵

ある教授が発見した繁殖力を高める生命光線を浴びたアナコンダが人々を食い荒らす。

 

author

ミハイル・ブルガーゴフという作家は今まで知りませんでした。20世紀ロシアの作家で、上記の作品だけでなく他にも諷刺に富んだ作品を書いたとのこと。その内容ゆえに発禁処分にもなり、困窮に陥っていた。

海外に移住しようと、やけくそで政府に願い出たところ(勝手に国外に出ることは許されていなかったらしい)彼のアパートに電話があり「スターリンに変わります」と、そして「あなたは私たちにうんざりしてしまったのですか?」とスターリンが言ったという驚きのエピソードがある。

 

諷刺するには頭が良くなければできないしユーモアのセンスも欠かすことはできない。開始数ページで「面白い!」と思ってしまった。

 

review

両方の中編に共通するのはプロフェッサー(教授)が物語の大きな役割を果たしていること。体制、社会状況をバカバカしいものとして書いていること。そのバカバカもののせいでとんでもない事態に陥ること。動物がとんでもない事態に関わること。

 

・犬の心臓

犬に脳下垂体と睾丸を移植したら人間になってしまった!しかもその人間がとんでもない野郎だった!

犬だった頃の習性と人間だった頃の性格が混じってクソ野郎になったその人物ポリグラフポリグラフォノヴィチ・コロフは人間だと言い権利を求める。住む権利働く権利食べる権利等々。

しかもそれらの権利は皆持つとされているもの(ヒトはみんな平等といい、様々なことを押し付けていた当時の政権によるもの)で彼の生みの親の教授ははねつけることができない。

教授は政権に対し、なんてアホなことをしているんだ(=作者の考えだったのだろう)という当時異端とされている考えを持っていたので、しかもそれを元々犬だった奴が要求するなんてバカバカしいにもほどがある!

元犬に賢しい知恵を授ける労働者がいますが、彼のしていることは正しいとされていることでした。うーんタチが悪い。

「身分証明書なしでどうやって生きていけというんです?無理ですよ。身分証明書なしの人間の存在が厳しく禁じられているってことは知っているでしょ。まず住宅管理委員会が」

「委員会が何を言うってんです?すてきだなんて、ばかにして。委員会は利害関心を守ってくれるんですよ」

これを元犬が言うんです。

元犬の彼ですが、元犬だから愚かなのはしょうがないと諦めがついてしまう部分もなくはないです、が、それに同調する周りの人物がいることが何より恐ろしかった。恐ろしいといっても諷刺の底にあるナイフのきらめきが見え隠れするといったものですが。

 

終始バカバカしい出来事ですが、それが間違っていなかった社会はとんでもない社会。組織やそれに従う人々を皮肉り、嘲り、捩る。センスが光る。すごい!

物語を貫く太い諷刺を細かい諷刺が覆っています。

これを笑うことができる時代になったことは喜んでいいと思います。

 

・運命の卵

こちらもすごいです。

ある教授が発見したまだ効能がよくわかっていない生命光線を疫病によって死に絶えかけてしまった鶏を増やすために使ったら……でっかいアナコンダ

それがまぁ、クレムリンからの公文書=政府の指令、によって引き起こされた事態でした。紙ぺら一枚でいうことを聞かなきゃならない社会。

 

大量発生してからより何故そうなったか、までの方が大半を占めている物語です。若干、長いなぁと思わないこともありませんでしたが、その過程にも諷刺がいっぱい。奇抜な物語ですが、その奇抜さに負けない社会状況なのは重ねて驚き。

会話が面白く、楽しく読めてしまいます。

 

・動物

 

動物が奇抜な事態の中心にいます。ヒトの目を通すよりもおかしさが明らかになります。いろんな理屈をつけて物事を正当化するヒトですが、動物の目から見たらおかしいにもほどがある。白日の元にさらされてしまう。はっきりしてしまう。

うーむ、やっぱりそこまで考えて書いたのかな。

ペットの目から見たら自分も可笑しく見えているのだろうか。

 

 

面白いと思った箇所が、当時の社会情勢からくるものばかりだったのに驚きを交えつつ作者頭いいなぁと思います。頭のいいヒトは好きです!

でも、仮に、もし、万が一の話、20世紀ロシアの社会が理想通りお題目通りのあらゆるヒトの平等を追求し近づくことができていたらどうなっていたんだ……?と少し思いつつ、他の著作も読んでみたいと思いました。いえ、絶対読みます。

 こういう作品こそ映像化したらめちゃちゃ面白くなりそうだけどなぁ。

 

犬の心臓・運命の卵 (新潮文庫)

犬の心臓・運命の卵 (新潮文庫)