狐が風鈴を鳴らす

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オデッセイ

マット・デイモンが全て

マーク・ワトニー=マット・デイモン、になった時映画は完成した。

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あらすじ

NASAの有人火星探査計画、アレス3のクルーは大規模な砂嵐によって火星でのミッションを放棄。退避する途中、クルーのひとりマーク・ワトニーにアンテナが飛んでくる。直撃し、彼が死んだものと判断した他クルーは彼を火星に残し、脱出する。

しかし彼は生きていた。

火星にひとり、ワトニー。

人類が経験したことのないサバイバルが幕を開けた。

マット・デイモンの魅力が光る。彼以外だったら、と想像がつかないほど。

ひとりでのシーン、バストアップでのシーンが多いため、彼の顔を見る機会が多い。カメラに向かって記録を残す、生き残るために必死に策を練る。その彼の表情は陰鬱、暗澹とした先行きを感じさせない。客観的に考えるまでもなく、火星にひとり取り残されているという状況は絶望的。空気がない、水がない、食べ物がない、ない、ない、ない。何もかもない。それでも彼の額に皺がずっと寄っていることはない。

わかっていないわけではないだろう、わかっているからこそ、目の前の問題に着実に取り組み、コツコツと段階を踏んで行く。悲観していてもしょうがない。ワトニーの顔はそう言っている。すごいいい顔なんだよコレが。

なんとかなるさ、と楽天的にも見えなくもないし、現状に諦めてしまいそうな影も見て取れる。いろいろ混じった、えもいえぬ顔。

しばしばカメラに向かってジョークを飛ばす。「未踏の地に作物を栽培したら、そこは植民地になるらしい。火星を植民してやったぜ!フォウ!火星は俺のものだ!」気の利いたセリフを聞いてくれるのは誰もいないが笑い飛ばしでもしないとやってられない面もあるのだろう。もちろん彼本来の気性もあるだろうが。ジョークが単調になりがちな話を彩っている。

植物学者のワトニーはジャガイモを火星で栽培して命を繋ごうとする。全てが順調にいくわけではない、「火星よ、俺にひれ伏せ」。知恵を元に極限状態を乗り越えようとする姿はただカッコイイ。後半は地球とも連絡が取れるようになり、人類の知恵vs火星になる。どちらが勝つか。ワトニー不屈の精神。

 

単純明解なストーリーは火星の描写や登場人物の会話を楽しむ余裕をくれる。「火星をひとりで生き抜く」なんとわかりやすいことだろう!素晴らしい!一見単純そうに見える映画も実際に見てみると、話が進むにつれてややこしくなってくるものが多い。これは終始一貫、ブレることなくやりきった。すばらしい。

ほぼワトニー=マット・デイモンの魅力で成り立っているこの映画。つまりそれ以外が少々冗長な気がした。火星の景色ももうちょっと見たかったが、もともと無味乾燥らしい火星だからそんな見せられても退屈してしまうのだろうか?

 

ただ火星に行きたくはない。