狐が風鈴を鳴らす

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ルバイヤート

九重の空の広がりは虚無だ!

地の上の形もすべて虚無だ!

たのしもうよ、生滅の宿にいる身だ、

ああ、一瞬のこの命とて虚無だ!*1

 

十一世紀ペルシアの詩人、オマル・ハイヤームは短い四行詩(ルバーイイ)で人生を歌い上げた。抒情的に簡潔に。難しいことは何もない。訳も口語訳で平明であるし、それに詩を読むと、人が考えることに時代なんてものは関係ないという気がしてくる。

 

ぼくこのルバイヤートに出会ったのは”Angel on My Shoulder”という映画が契機。この映画の冒頭部分にこのルバイヤートの詩が使われていて、

Live fully while you may and reckon not the cost.

命ある限り存分に楽しめ、財布は気にするな 

 豪放磊落なこと言うもんだ、どこのオヤジがこんなことを、と思ってぜひ読んでみたくなった。

作者を知って十一世紀の人がこんなこと言ってるのか…と驚いたし、親しみを感じた。フィッツジェラルドが英訳して、広く世界中に知れた。おそらくこの映画に引用されている上記の詩も彼が英訳したものだろう。

なぜおそらく、と断りを入れるかというと、この上記の詩、岩波文庫のルバイヤートに載っていない。十一世紀の人のものだからどこからどこまでが当人の作品か判別するのが困難だという事情が解説で述べられている。じゃあこの本での判別作業にあたってぼくが最初に心ひかれた詩は削除されてしまったのだろうと一人納得する。当人が書いたのではないかもしれない詩に惹かれ、手にした詩集にも惹かれた。

 

今の世と径庭を感じない、詩に高らかにうたわれ込められている情感。詩に込められているものはとても普遍的に思える。みんな一度は考えるようなこと。

オマル・ハイヤームはあらゆることに通じる博学な人だったようだ。学問の蘊奥を極め、当代きっての知恵者。十一世紀に天気予報をし、見事的中させた逸話も残っている。そんな優秀な人の詩だが、非常に共感してしまうというか、親しみを持ってしまう。

解説にはイスラム教との関わりや、唯物主義だとか興味深いことが色々と書いてある。そもそも何故こんな詩を歌っているのか。それは優秀すぎて人生が非常に小さく見えたから、ではないだろうか。人の世の儚さ、嘆き、それは日本の無常観に通ずるものがある。これはイスラム教の教えとは相いれないものだったようで、自由思想家として迫害もされたらしい。そんな義憤を神学者たちに当てこすって詠った詩もある。宗教なんてクソ食らえと言っているみたい。

ペシミストの一面も見える。人生に悲観したオヤジの一面が。ひたすらに自らの存在のちっぽけなことを自覚し、どうにもならない世の中へ苛立っているかのような詩も幾つかあるように思う。

こんな詩を詠むオマル・ハイヤームは唯物主義だったらしいけど、そんな人の詩に惹かれるぼくも唯物主義ということでいいのだろうか。それは早計に過ぎるのか、どうなんだろうか。

 

詩に含まれるなじみのない語句は異文化を感じさせてくれる。ジャムシード、バハラーム、マスジッド等々。イスラム文化にはなじみがないから新鮮で面白かった。

締めにもう一つ引用して終わろう。

 

天国にはそんなに美しい天女がいるのか?

酒の泉や蜜の池があふれているというのか?

この世の恋と美酒を選んだわれらに、

天国もやっぱりそんなものにすぎないのか?*2

 

ルバイヤート (岩波文庫 赤 783-1)

ルバイヤート (岩波文庫 赤 783-1)

 

 

*1:岩波文庫p83

*2:同上p72