ムーンライト
introduction
アカデミー賞を作品賞・脚色賞・助演男優賞の3部門で受賞したのが『ムーンライト』だ。今回、あらすじやPVでの知見は無しでの鑑賞。知っていたのは黒人の少年の話だ、というくらい。
結論から言うとこの映画が大好きです。
plot summary
リトルというあだ名があり、唯一の友達にはブラックと呼ばれたりもするシャロンという男の子の話。
cast&crew
監督はバリー・ジェンキンス。名前も聞いたことが有りません。この作品が長編第2作目でかつ年齢は30代の半ばで若手。「ラ・ラ・ランド」で一躍時の人となったデイミアン・チャゼルと似たようなプロフィール。
キャストに関しても知らない人ばかり。助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリは以前見たことのある映画に出演していたようだが記憶にない。しかし、すごかった……
report
映画を見ていない人はあまり読まないほうがいいかもしれません。
ムーンライトはシャロンという男の子の話。シャロンはちょっと内向的で友達もおらず、翻っていじめられるような男の子だ。その男の子が愛を探し求める話だ。3部構成の物語。
1部.リトル
内向的なシャロンは友達から走って逃げている。なんとか引き離し空き家に逃げ込み鍵を閉めるが窓から石が投げ込まれる。そこでじっとしていると麻薬の売人のフアンがやってくる。
「ここで何をしているんだ?」シャロンは一切口を開かない。食事を食べはするがフアンに何も答えようとしない。家の場所を聞くもそれすら答えないのでフアンは自分の家に連れてくる。そこにはフアンの女のテレサがいた。
母親からほぼ育児放棄に近い扱いを受けているシャロンにとってそこは心休まる場所であり、人がいた。シャロンはフアンに家まで送り届けられたあと、しばしばフアンの元を訪れる。
そこには自分のことを気にかけてくれる大人がいる。シャロンが自ら話すのを辛抱強く待ち、そしてしっかりと聞いてくれる。無表情で可愛げのないシャロンを遠ざけたりしない。実の親に愛されず、同年代の子供からはいじめられるシャロンにとってフアンは初めての心許せる大人だった。何も言わずとも隣にいれる、苦しくない。
そう、シャロンは「語らない」。口をひらいても言葉数は少ない。じゃあ、どうやってシャロンの心の中を語るのか?
見せて、聞かせるしかない。
このムーンライトという映画ですごいのはここ。ごく自然にそのことをやってのける。観ている間「シャロンは何を思っているんだ?」とずっと考えていた。考えさせてくれる映画だった。それもシャロンではない他人の口から特に彼について語らせることもせず、モノローグを使うこともせずに。
シャロンが虐められているのは母親が売春婦だからだし、シャロン自身がゲイ(この時点でシャロンはそのことに自覚的ではない。ただ、男らしくない男であるため標的にされている)だからだ。そして、そのことを見せること、聴かせることで伝えてくれる。映像もすごいし音楽もすごいです。綺麗でどこか寂しい。
なぜ語らないのか、語れないのか。シャロンの唯一の友人のケヴィンは「お前はタフだ」と彼のことを評する。確かにそうなのかもしれない。でも、見えない胸のうちの苦しみを吐露しないのはタフだからだけじゃない。その抱えている気持ちをどうしたらいいかわからないからだと思う。そして自分自身のことすらよくわからなくなっていく。シャロンは答えを探し続ける。
その気持ちを抱えたまま1部は終わり、2部の「シャロン」へ続く。
2部.シャロン
ただ溜め込んでいるだけの幼少期と別離するのが2部から3部にかけて。体も大きくなり、できることも増えた。だけど口数少なく内向的であることは変わらない。
シャロンは語らない、と言った。では語らせる工夫はできないのか?
見せるや聴かせるではなくて。
シャロンは内向的といったが唯一の友人、ケヴィンといるときは表情が柔らかく冗談も言う。フアンがいない今では彼といるときだけが安心できる時間。その時にはシャロンも心中を話す。シャロンだって信頼できる人、愛する人になら自分のことを話すことができる。その時のセリフが
「泣きすぎて水滴になりそうだ」
シャロンはもうゲイであることもはっきり自覚している。このセリフは口数が少ないシャロンが言うからこそ鋭く胸を抉って、とにかく走り出してしまいたい気持ちになる。
そして、ある事件が起きて2部は終わり3部の「ブラック」。
自分は何者なのか、何がしたいのか?が全編通して問われる。フアンが幼いシャロンに言った「自分の生き方は自分で決めろよ」はシャロンにとって道標でもあったが呪いでもあったのかもしれない。
そして、その問いは僕たちにも突きつけられる。最後のシーンを見ると冷たい光で射抜かれたようで。自分の胸の内に何があるのかをのぞき見られているような、落ち着かない気持ちになった。
語らない映画についてこれ以上語るのは味気がなくなってしまいそうなのでこの辺でやめにします。大好きな映画の一本になりました。