常々感想記

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凍土二人行 黒スープ付き

introduction

たまには自分の趣味と違う本を読むのもいいものだ。

 

author

 

雪舟えま。気鋭の詩人で小説家とのこと。なお、この小説は早稲田文学に掲載された短編に書き下ろしを加えて一冊の本にしたもの。

正直、作家よりも筑摩書房が一目でイラストとわかる、線が少ない絵が表紙の本を刊行していることになんだか驚いた。

 

 

plot summary

 

ここではない寒い遠い星で……

シガは家の声を聞ける力があった。家の声を聞くと住んでいる人も知らないようなことをことを知ることができた。その力を活かし「家読み」という仕事をしつつ旅を続けている。

その日もシガは家の声を聞いていた。すると家に「納屋に見知らぬ浮浪者が寝ているので追い出して欲しい」と言われる。

シガはそこで逃亡クローンのナガノと出会う。

 

review

 

1人と1人が出会って、2人になりお互いそっと支え合って暮らしていく。シガとナガノ以外が主役の短編もある。この本の短編に共通するのは1人だったが、誰かと出会い変化が起きる、というものだった。新しい人との出会いは新しい物語を生み出す。

 

そして全体を通して、逃げることを肯とする本だなぁという印象を受けた。そしてその先、新しい展望を切り開くため、つかむために自分らしくあろう、と。逃げることを否定的に受け取らないのはほんわかした文体のせいもある。抽象的というよりか、一般的なものの見方というべきか。深堀しすぎず、重箱の隅をつつかない。

「逃げる」という言葉を使っているが、「進む」と言い換えることもできる。ただ、この短編の中では「逃げる」ことで、新しい生活を得ていたので。

 

自分がしたくないことはなんだろう?自分が望んでいることはなんだろう?自分がやりたいことはなんだろう?そんな疑問に直面する。そんな時は誰にでも来る。そこで答えが出る人は幸せだ。世の中には答えが出ない人の方が圧倒的に多い。そもそも答えを出すヒマもなく、状況が有無を言わせず流されていくしかない人もいる。

 

ナガノは働かされるために生まれてきたクローンだが、そんな生活が嫌になり逃亡した。何かがしたかったわけではない。ただ働くだけの生活がやりたくなかった。ただ、右手のリングで監視されており、問題があるクローンと判断されると爆発する。そのことを考えるとどうしても踏ん切りがつかなかった。

ある時チャンスが転がり込み、ナガノは後先考えずに逃げ出す。そして後悔する。なんてことをしてしまったんだ。連れ戻しに来るかもしれない。このリングが爆発するかもしれない。

 

案外人生ってそんなもんなのかも。勢いで行動して、結果は後から付いてくる。失敗だと思ったことが、振り返るとそうでもなかった。そんな経験は僕にはある。良いと思ってやったことが悪い結果を招くこともある。

逆も然り、なのが人生の厳しいけれど面白いところなのかもしれない。

 

そして題名にある黒スープの正体は?大いに気になって読んでいたが……

(以下でバラします。知りたくない人はここでバイバイ)

 

 

 

 

 

 

コーヒーだった。

 

黒スープのくだりを読むとそうとしか思えない。なんだよ!と思いもしたがふと気づく。「僕はいつからコーヒーのことをコーヒーって認識していたんだろう?」頭がまっさらな状態で、コーヒーについての予備知識がない状態で目の前にコーヒーが置かれたら僕も黒いスープだって思うんじゃないか?

 

もしかしたらコーラが腐った飲み物だと思うかもしれないし、何かの得体のしれない生き物の体液だと思うかもしれない。僕にはコーヒーについての知識があったが、見方を変えると先入観が植えつけれられていた。そんなわけで考え直すと黒スープはコーヒーではなく、コーヒーに似た何かでした。

常に物事を自分の目で捉えること。これはできそうでできない。けれど、そうやって周りを見たら楽しいことでいっぱいなんじゃないだろうか。

 

そこで手元にあるドーナツを見てみる。

輪っか型である。触ると油でべとべとするので揚げ菓子だろう……え?これ以上僕の脳みそからなにが出てくるっていうんですか?

いやはや難しいです。しかし楽しくもある。マジカルバナナに近いものがある。うーむ、頭が固いのかしら。

 

小説というより童話に近い。本屋で見つけるまで買う気は全くなかったが黒スープというフレーズに惹かれたぼくの負け。

 

 

凍土二人行黒スープ付き (単行本)

凍土二人行黒スープ付き (単行本)