常々感想記

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どこから『私の消滅』するか

中村文則はいつか読もうと思っていた作家。『私の消滅』が本屋の店頭に並んでいるのを見て「早いな」。文学界の六月号に掲載されたばかりだろう。予め決まってたんだろうな。パラパラと単行本をめくった。違いは巻末に参考文献についての一言と内容についての多少の言及があったことか。

 

あらすじ

ある精神科医のある復讐について

これは内容をいうとダメなやつ。そうなんです。ダメなんです。興が削がれます。是非自分で読んでいただきたい。ある精神科医のある復讐についてで勘弁願いたい。

中村文則の文章は暗いね。暗くて冷たい(表紙もわかっているのだろうか不安を抱かせるような印象)。それでいてより暗いとこを探ってるような印象。他の本もそうなのかわからないけれど、固有名詞は登場人物の名前と道具ぐらいで、地名が徹底的に伏せられている。どこであった話かわからない。いつ起こったのかもはっきりわからない。それがこの小説に浮遊感を与えていると思う。それでぼくは安心できる。ぼくのいるこの世界とは隔絶された感じがするから。そんな中に実際にあった犯罪の話を持ってこられると打って変わって居心地がちょっと悪くなるんだけどね。

題名にもある通り『私の消滅』についての話  ダメだこれも言えない?この小説では“私”が何を指すかが重要で、それはどの”私”だ?っていうのが大きな関心事なんだけど……これが限界?

幾つかの手記と手紙によって物語の肝が語られていくが、その扱いが抜群にうまい。すごいなコレ。

 

文字を目で追っていく。その時ぼくは文字、文章、本と決定的に分かたれている。ぼくはここにいて、言葉は向こうだ。けれど、ある瞬間カミソリですっと、静かにぼくが刺されている。ぼくは動揺し、紙面に血が垂れる……。「私は誰だ」

 

詩人になってしまいました、が『私の消滅』はぼくにとってそんな小説でした。すごい面白かった。楽しい小説ではないけれど(純文学かつ究極のミステリーって銘打ってるものが楽しいわけはない)むしろ暗くて惨たらしいです。浸れるか否か、だな。

冒頭を引用します。多分めちゃくちゃ読みたくなると思う。

このページをめくれば、

あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない。

文學界2016年6月号

文學界2016年6月号

 

 

 

私の消滅

私の消滅