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狐が風鈴を鳴らす

本 映画 音楽 その他諸々の雑感を書き連ねるブログ

知能と詩

世界にはほかに誰もいない。

見渡してもほかに誰もいない。

大切なのは彼らだけだった。

残されたのは彼らだけだった。

彼はわたしと一緒にいなければならなかった。

彼女は彼と一緒にいなければならなかった。

わたしはこうしなければならなかった。

わたしは彼を殺したかった。

わたしは泣き出した。

わたしは彼の方を向いた。*1 

正直に言うと忌避感を覚え嫌悪したくなる。それをしてどうする?何がしたい?どこに向かおうとしている?一方で「すごい」と思う。とうとうここまで技術は進歩し、人の手で生まれた知能は将来は自立を始めてしまうのではないか。これが現代であり、夢幻でもなく目の前にある、これからくる時代は『科学』が人の領域に踏み込んでくるだろう。

人工知能(AI)が詩を書いた。

詳細は下のリンク先を見ればわかるが、人工知能に膨大な数の著作権切れの詩をインプットし、それを元に人工知能に詩を作らせた、というのが大意。

原文が英語で、リンク先はそれを訳出したものであり、幾つかある人工知能が作った詩を1つしか訳出していないが、それが冒頭に引用したものだ。

wired.jp

もしAIが作ったものだと知らなかったらどう感じるか?おそらく人が書いたと言われても疑いなく信じた。それが怖くもある。

この研究は『なにができるか?』を探ったもので、『どうしてそれをしたか?』という目的は薄いと思う。AIに詩を書かせてなにがしたいのか私にはよく分からない。人以外の生き物には詩なんてもの必要ないし。食えもしないし、身を守る為に有用でもない。まったくもっていらないものだ。

詩の価値(価値をいう言い方はなんかしっくりこないが)はあくまでその詩が人の内、心から出てきたということにあると思う。詩というものは人から人に渡るものだから。だから私たちは詩に思いを馳せて自らと照らし合わせて、己の血肉とすることができる。

逆に冒頭の詩もAIが書いたことを念頭において詠んでみると面白くもある。AIにとっての世界とは?彼とは?殺したとはどういうことを言っているのか?人以外の人並に知能を持った存在の詩。これは一種のファーストコンタクト。宇宙人と地球人が始めて出会ったようなものだ。

たとえ出自が人であっても人並の知能を持った人ではないもの(人工知能)の扱いはどうする?やべ、このまま適当に論を進めていくとなにをもって人とするか、人とそれ以外の境界線は何かという実に概念を弄ぶアホ議論に話が逸れてしまいそうだ。

ここまで技術は進んでいたか。これが『今』なんだよな。グーグルはどこまで行くつもりなんだ。

 

折角なんでAI著の詩を1つ自分で訳してみようか。

amazing, isn't it?


so, what is it?

it hurts, isnt it?

why would you do that?

"you can do it.

"i can do it.

I can't do it.

"i can do it.

"don't do it.

"i can do it.

i couldn't do it.*2

 

びっくりしてる?

だからなにさ?

痛いんでしょう?

なにがしたいの?

みんなにできて

わたしもできる

やっぱりできずに

それでもやるよ

もうやめて

わたしがやるから

できなかったことを

 

これでいいのか?違うよなぁ、多分。canはなんなんだ…?つーかどこが区切りなのかすら分からん。改行したら”で閉じなくてもいいのか?分からないことだらけ。

この訳信用しないでください。適当にやったんで。