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『第三の魔弾』の完璧さ

勘違いしたまま読んだけどそれでも面白い。

レオ・ペルッツ『第三の魔弾』

あらすじ 

神聖ローマ帝国を追放され、新大陸に渡った”ラインの暴れ伯爵”グルムバッハは、アステカ国王に味方して、征服者コルテス率いるスペインの無敵軍に立ち向かった。グルムバッハは悪魔の力を借りて敵の狙撃兵ノバロの百発百中の銃を手に入れるが、その責を問われ絞首台に上がったノバロは、死に際に銃弾に呪いをかけた。「一発目はお前の異教の国王に。二発目は地獄の女に。そして三発目はー」*1

 

題名が素晴らしい。『第三の魔弾』これで惹かれない男がいるでしょうか。”三”と“魔弾”という最強のcombination!3という数字にはいろいろと逸話があるみたいですが、昔の神話だったりまたそれにまつわる物語だったり、3匹の子豚しかり、今でも3代目ジェイソウルブラザーズが人気ですね。これが2代目だったら多分しっくりいかない。ドラクエも3で飛躍したことを考えれば3という数字には何か力があるのかもしれない。

そして”魔弾”。魔の弾です。そこには曰くがあり、深〜い事情がそこに封じられています。不思議な力を持つのは小さな鉛玉、そこには浪漫がある。巨大な力が小さなただの鉛玉に。見ただけではわからない、実際に使わなければわからない。そこに不気味さ、不思議さ、おぞましさや未知のものが。理屈で説明できないからこそ恐ろしい。

素晴らしい題名だぞ、これは!単純明解でありながら内容も説明しているというTHE題名。すげー。

 

あらすじをろくに読まず、読み始めた僕です。始め「グルムバッハ伯爵が魔弾を手にスペイン軍をばったばったと蹴散らす話」と思っていた。残り三発になった時に、それまでは百発百中、明後日の方向に打ってもなぜか当たってしまう銃が突然呪いにかかる、もんだと思い込んでいた。まったく違う。

最初から銃には三発しか弾がなく、呪いの通りにならざるを得ない状況に次々なっていく話だった。ま、とは言っても呪いがただ実現しただけでは面白くもなんともないので斜め上の方向に呪いが実現していくわけです。

なんか思ってたのと違うな、と感じた時にはすでに物語は中盤。どんだけ思い込んでたんだよ。事実悪魔の力を借りて銃を手にするのもこの中盤あたりであり、それまで“悪魔”とか”魔法”とか”招霊術”とか、そういう単語はあるけれど事実この登場人物たちの眼の前では何も起こらないのと同じです。しかしながらこの本のすごい所はまさしくそこで、実際に摩訶不思議万国吃驚賞並のウルトラQはないにもかかわらず、まさしくその雰囲気をまとっている所だと思います。

確かにそれらの単語は頻出しており、「ああ、そういう時代か」。だけども実際に何か起きた?と言われると、何も起きてないよな?

予知夢らしきものを見たり、不思議水を飲んだら記憶が戻ってきたりはしているけど……。え、それで十分?あ、そうですか。しかしあくまでも目に見える形で現れた、夢だとか記憶だとか形のないものではなく  銃弾という形で現れるのはもう中盤も過ぎた頃である。すでに『第三の魔弾』という幻想に迷い込んだ僕にはそこからは一気呵成でした。

グルムバッハという名前もいい。暴れ伯爵グルムゥゥゥゥバァァァアァッッッッハァァァ!!!わかってくれるかな。暴れん坊将軍と比べてみよう。暴れん坊将軍徳川ァァァァ吉宗ェェェェェェイィィィェェ……。ほらね!偽名の徳田新之助でもやってみるか?でもそれじゃあ将軍じゃないし。実際に史実にいた人物も登場するがこのグルムバッハは創作した人物であるようだ。いい名前!

敵の一人、いけ好かない好色な公爵、メンドーサ公爵もいい名前です。なんだよメンドーサってホセ・メンドーサかよと思いましたが。(実はこのメンドーサ公爵とグルムバッハ伯爵は母親違いの兄弟)

精緻に練られた構成とか魅力的な登場人物もいるにいるけれど『第三の魔弾』という題名と”暴れ伯爵グルムバッハ”という名前には勝てないな。

そもそも話者は誰だ問題がある。冒頭、記憶をなくし片目が義眼であることから”ガラスの瞳の大尉”とよばれている自分の名前もわからないグルムバッハ。偶然近くにいた老人が、そのグルムバッハとスペイン軍との争いの場にいたということで物語を語って聞かせるのだが……。いつの間にかその老人の存在が物語から消えて、今この物語は誰によって紡がれている?状態。しまいには……。

歴史にこんなもことあったかも、な物語だけど事実その当時各組織の振る舞いは今まで先人が調べたものによって裏付けされたもので成り立っており、本当にあってもおかしくない物語になっているのも摩訶不思議さを増す要因だろう。

 

結論『第三の魔弾』という題名は完璧。

 

 

第三の魔弾 (白水Uブックス)

第三の魔弾 (白水Uブックス)

 

 

*1:白水Uブックスより引用