狐が風鈴を鳴らす

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悉皆屋康吉

舟橋聖一は風俗小説。そんなイメージ。

『芸者小夏』もそうだった。この『悉皆屋康吉』もそう。だけれどもそんなジャンル、そんな区分をされていようと関係ない。これはいい小説。好きだ。

 

あらすじ

呉服についての便利屋であり、染色の仲介業者である悉皆屋の康吉は職人としての良心に徹することで自らを芸術家と恃むようになる。大正モダニズム期には、華美で軽佻な嗜好を嫌い、ニ・ニ六事件の近づく昭和期には、時代の黒い影を誰よりも逸早く捉える男でもあった。そんな『康吉』を描きながら当時の世相を皮肉っている、批判している舟橋聖一の傑作。*1 

 

悉皆屋という名も廃れ、今ではなくなっている職業を扱っている。この職業自体に興味を覚えて、小説を読めばどんな職業なのかは大まかつかめるだろうが『服の便利屋さん』と思えばいいだろう(はず)。まだまだ和装が主流の時代柄か少し想像しにくいところもあるけれど多少時代性に左右されてしまうのもいわゆる『風俗小説』。そんな職についている”康吉”。これが好人物で。

情と義理に厚く、よく動く。頼まれればちょこちょこ動き、自分の主人のためなら道義に外れない限り支える度量がある。それは言い換えれば人がいい=物腰が弱いになってしまうが、そんなところもご愛嬌。人に頭を下げることを厭ない。ただ店が困らない程度に儲かって、主人が自分に少し目をかけてくれればそれで十分。

そんな康吉の人生を追っていく。

いい人だけれど何も思わないということではない。すごく親近感がわくような思いを抱いて日々過ごす。そうだな「気の弱いお人よし」がしっくり来る。そんな康吉に惹かれ読み進めていくとちょっと雰囲気が変わってくる。それは康吉が自分のことを芸術家と恃むようになってから。

前半は、康吉が独り立ちするまで。手代=使用人だった康吉が苦労を重ねながら自分の店を持つようになり嫁を貰うまで。頑張れ康吉!と応援しながら読んでしまう。

後半は、康吉が商売で成功を収めつつも自らを芸術家と恃むが故に、現在の状況に疑問を抱き自らの道を行こうと決心するまで。

前半と後半でいつの間にか毛色がすこし変わっている。さてなぜ変わったか、を突き詰めていくと面白いが……他のところも面白い。特に嫁との口喧嘩。客に頭を下げている分、嫁に頭は下げたくない。そんな康吉がもらった嫁さんはちょっと勝気な嫁で。……なんかいつも喧嘩がいいって言ってる気がする。ぼくが喧嘩がすきなんだろうなぁ。

 

便利屋のくせに時代に迎合しないで、芸術家を気取る康吉。事実次第に芸術家らしくなる。そんな彼の哲学は今にも通じるものがある。

 

 

悉皆屋康吉 (講談社文芸文庫 ふH 3)

悉皆屋康吉 (講談社文芸文庫 ふH 3)

 

 

 

 

*1:講談社文芸文庫『悉皆屋康吉』より一部引用