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クロニクル・アラウンド・ザ・クロック

小説で音楽を扱うことは難しい。音は文字に置き換えることはできない。音楽をメインに据えるということはそれだけで水の中で息をしようとするようなものだろう。

『クロニクル・アラウンド・ザ・クロック』略してクロクロ。

 

あらすじ

幼稚で痛々しいわたしの呟き。

バンド『爛漫』のギターでボーカルの新渡戸利夫が薬物の過剰摂取で死んだ。

彼の兄の新渡戸鋭夫と交流し、わたしは『爛漫』と関わり、青春を送る。

これはまだ何も見えていなかったわたしの記録。クロニクル

 

記録ということだけあって整理されていて、道筋もはっきりしているんだとお思いか。否である。誰かが言った「主観なき情報などあり得ない!」。まさしくそう。整理などされておらず、思考があっちこっちに行くように、この記録もあっちこっちへ飛び交う。時系列関係なし、情報の順序関係なし。小説版マジカルバナナ。

関係なさそうな事柄が隣り合う。非常に新鮮だった。ジグソーパズルを組み立てているみたいな感覚。脈絡なしに人物登場、場面転換。世の中に対して距離があるわたしが記した記録だからか、そこまで忙しい印象はない。

『爛漫』のメンバー、”わたし”ことくれないが物語の中心にいる、といえばいる。そうなんだろうけど、先述した通りポコポコ沸き立っているお湯みたいに、ストーリーラインを丁寧になぞっている小説ではないので人物の比重が皆変わらない感じ。登場頻度=重要度ではないというか?

どこか記号的というか、実体がない?人物たち。最近読む本ほとんどについてそう思うのでぼくのせいかもしれないけど、テニスラケットで振り抜いたらそのまま振り切れる人たちばかり。網目の間を抜けていくような。これはぼくの方に理由があるのか?

 

もともと文庫先行の三冊分冊販売だった。三部構成になっており、その中で一応毎回決着を見るが、進むにつれて色々ヒックリ返すしヒックリ返る。『青春犯罪小説』と帯には書いてあるが気にせずフツーに読んだ方がいいと思う。

新渡戸利夫、通称ニッチは殺されたことに物語の序盤で気づく。それを追ってゆくわけだけど正直そっちの話は魅力が薄い。音楽、青春、犯罪とあれもこれもと欲張りすぎて話が散漫になってるのは否定できない。それでもこの本は面白い。

それは著者、津原泰水が挑戦しているのがわかるから。と、わかったような口を聞くけどあとがきでも作者自身書き添えているし。他の本を読んでいれば違うことやろうとしてるなぁというのは肌で分かる、いや目でわかるという方が適切?

 

物語の終わりはどこなのか、著者は知人、人形作家四谷シモンの言葉を借りて言った。

「あっ、こいつ寂しいなと思ったら止める」その瞬間に物語は自立し作者の手を離れるのだと。この物語の終わりはプッツンと引きちぎられるように終わる。とくにこの『クロニクル・アラウンド・ザ・クロック』はええっ、そこで終わるんだぁと嘆息が漏れる。ぼくは好きだ。綺麗にまとまる方が珍しいし、何よりその方が想像が膨らむ。

 

著者は音楽が好きなんだなぁと思わされる。

生き生きしてるもん音楽関係の文章。あとがきに関してはほぼ音楽の話題。饒舌である。

『爛漫』の代表作に”雨の日曜日”という曲があり小説内でもなんども登場する曲がある。『はっぴいえんど』の”12月の雨の日”という曲にイメージを重ねているそう。せっかくなので聞いてみよう。