狐が風鈴を鳴らす

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フェルマータァァァァァァァァァァァァ!!!!!

指を鳴らしてみたり、メガネを指でクイッと押し上げたり、独自性を出し信号が赤になる瞬間に横断歩道を渡りきったり、足で5拍子のリズムをとってみたり、レシートを受け取るさいに絶対に小銭を重しに使わせないように努力してみたり。

ああ、ぼくもフェルマータに入りたい。

 

 あらすじ

時を止めて女の服を脱がす男の自伝

こんなあほくさいことをやってくれるのは我らがニコルソン・ベイカー。アーノという30代半ばにさしかかった派遣社員がこの”自伝”を書いている。彼は時間を止める力を持っており、それを利用してオーガズムに達することしばしば。いや、しばしばではなくほとんど。時間を止める手法はその時々によって変わる。一度時間を止めたら、再び動かすまでは彼の世界。それがフェルマータ。しかし時間を止める、という人なら誰しも一度は妄想したことで、アーノがやっていることは女の服を脱がし自らを慰めること。服を脱がして、おっぱいをすったり、陰毛を触ったり、またこっそりバイブを仕掛けたり。そしてアーノはそれを見て満足し、いくのだ。

馬鹿みたい。でもすごい楽しそうにやっている。彼のしていることは道徳的に褒められたことではないかもしれない。というかそうだ。けれど彼曰く「誰にも害はなしていない」。確かにその点、彼は細心の注意を払っている。服を脱がせた女性に対し、心配りを忘れることはない。紳士と言える。やっていることがやっていることだけに女性の方、疎んじる目つきになってしまうのも仕方ないが、被害者たち(便宜的にこの言葉を使用させてもらうが彼女たちは時としてアーノのおかげで快感を得、絶頂に達している)は自分がされたことに気がついていないのだ。たとえ下着を外され、かわいい小さなお口に鼻を押し当てられても、たとえ顔にアーノのほとばしる豊穣な蒸留液をかけられても気づくことはない。ちゃんとお片づけはする。

健全な男子の身からすればアーノは羨ましい。時間を止めるだって?そんなことできたらぼくだってしたいこといっぱいある。想像が膨らみ、止まることはない。時間が止められた世界ってどんなものなのだろう。ベイカーはユニークな着眼点でぼくらを驚かせてくれる。まず車は動くが実際のところは使えない。自分以外の車は止まっているから。空気がすこし抵抗を持っている。これは”時を止めた”ことによる影響の現れ。動いているアーノと止まっている世界との関わり方。カメラは使えない。理由は不明だが、橙色と緑色が写らない、等々。 そのミクロでマクロな視点は相変わらずで、身近にあるなんの変哲もない日用品が彼の手にかかれば、壮大な物語を生む。

しかし、何と言ってもジョイスの部屋で最高に素晴らしかったのはベットに敷いてあったマットレス・パッドだった。高さ一インチほどの丸い小山、あるいは塚のようなものを何百個も寄せ集めたような、一面に凹凸のあるウレタン製のパッドで、硬いマットレスの痛さを和らげるのに使う、あの健康具めいたやつだった。知り合いで実際にこれを使っている人を見たのはそれが初めてだった。くしゃくしゃに丸まった毛布の下に手を差し入れて、シーツの上からパッドに触れた瞬間、ぞくぞくするような快感が背筋を走った。指が表面の規則正しいくぼみの上を撫でると、その動きはまるでピアノを弾いているように見えた。クイック・シーツの端の方をめくってみた。ウレタンのパッドはオレンジがかった黄色をしていた。同じ形の繰り返し模様を見つめているうちに立体感が混乱し、目がちらちらしてきた。それは時間の真の構造を観念的に表現したウレタン製の模型のように見えなくもなかった。他の人たちはみなシーツの層に留まって暮らしている。僕だけが、その下の層にまで降りることができるのだ。

これは序の口だが、なんでマットレス・パッドが時間の真の構造に結びつくのか。どうして?と落ち着いてみると思うが、読んでいる時は全くそう感じず、むしろなるほど、と首肯しながら読み進めてしまう。

このミクロマクロ視点は、ポルノ方面にも絶大な力を発揮する。凄いぞ!ここに引用するのは多少憚られるが……。興味があれば読んでみるといい。凄いぞ!

前に”もしもし”の感想を書いたときにも触れたが、ベイカーの書くポルノは紫色ではなく、ピンク色だ。むっつりスケベとあけっぴろげなスケベとの違いといえばいいだろうか。読者に照れを感じさせることなくポルノを書き連ねる。その技術と根性に感服する。この自伝の主人公、アーノはポルノ小説を書くのだが、(自伝の中に挿入されている)執筆途中に何度か自分で果てる。その部分を読んだときに「ベイカーも自家発電してるのかなぁ」とゲスな想像をしてしまった。まあ、それくらいあけっぴろげということ。読んでいて、ジメジメした気分になることはない。

”もしもし”を読み終えたとき、作者は男なのか女なのかわからず、てっきり女だと思っていたが、調べてみると男だった。この”フェルマータ”を読めば男としか思えないけど、ぼくがそのことを知ったときの衝撃といったら。「男なのにこんなもんかけるの……?」いやあ、性経験豊富なのか、それとも想像力が凄いのか。

読後、ぼくにも世界は素晴らしいと思えたし、世の中の全ての女性に畏敬の念を抱いていた。しかし出版当時は賛否両論、くっきり分かれたそうな、男と女で。男は賞賛し、女は中傷する。性の違いというのは超えがたいもので、どんな気持ちでこの作品を女性の方々は否定したのかわからないが、ベイカーは女性を貶めるために書いたのではないと思う。むしろ讃美しているんじゃないかなぁ。

ぼくはすごい楽しんで読めた。

女の人がこれを読んだ感想を是非!聞いてみたいと思うが自分から勧めるには勇気がいるなぁ。

指パッチン!

フェルマータ (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

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