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狐が風鈴を鳴らす

本 映画 音楽 その他諸々の雑感を書き連ねるブログ

わたしの名前は……

ハイウェイを走る大きなトラックは橙色。ハイウェイの地平線の向こうは、空は蒼。

道路の脇には木々が疎らに居座っていて、その根元には肌に触れるとちくちくしそうな雑草が生えている。

鮮やかでありながらありふれた光景。

 

 

Agnes`bというファッションブランドを知っているだろうか。幅広い年齢層に向けて服だけでなく、香水や雑貨、化粧品なども手掛けているブランドだ。シンプルで機能的なデザインを売りとしている……らしい。

この映画はそのブランドのデザイナー、アニエスが初めて監督を務めた映画だ。彼女は映画に並々ならぬ関心があるらしく、前々から衣装提供をしたりして映画に関わっている。パルプ・フィクションの衣装とか。自らの手で映画製作会社を立ち上げたりもしている。

監督の名前でこの映画を見ようと思ったわけではないが、一体どんな映画作るんだろうと少し興味はあった。

 

あらすじ

家を飛び出した少女と、トラック運転手。奇妙なふたりのロードムービー

 

 

 

この映画は嫌いだ。どうしようもない程に嫌いだ。

観なきゃよかったと後悔するほどに嫌い。ああ、もう本当に今すぐスクリーンの中に飛び込んでみんなぶん殴りたくなった。そして頭を地面に打ちつけて、額から血を流す。そうでもしないとやりきれない。真っ赤な血をぼくも流さないといけない。こんなに弱い映画は観たくなかった。

観たくなかった。しかしもう忘れられない。

 

家を飛び出した少女、セリーヌがどうして家を飛び出したのか。それは家族がみんな弱かったからだ。とてつもなく弱い。悲しくなるほどに。

父親は弱い。失業中で先の見通しがない。家に籠り何もせずにテレビを見る。外ではツケで酒を飲む。子供の世話は一番年長のセリーヌに任せきり。妻になじられるも特に態度を変えようとしない。そしてセリーヌに弱さをぶつける。「二階に行くか?」こんなに醜悪な「二階に行くか?」は聴いたことがない。

 母親は弱い。レストラン、バーのウエイトレスとして夜に働いており、疲れで頬がこけている。娘が父親に暴行されていると気付かない。自分のことで一杯だから。夫には頼れず自分で何とかするしかない。伝線しているストッキングをはいて勤めに出る彼女は物哀しい。わたしは何のために生きているのだろう。

弟妹は弱い。彼らはまだ幼い。幼いがゆえに何もわからないし、何も知らない。姉がお世話をしてくれることを享受している。「お姉ちゃんはいないけどママと一緒に寝れるのは嬉しい」

弱さ。それは許されるべきものではない。宥恕してはならない。海容を期待してはならない。弱さは克服し、打ち勝たねばならない。弱さ、それ自体がそこにあっていいのはその弱さが自分で完結する時だけだ。でも、そんなことはあり得ない。だから弱さを補い合い生きてゆく。

 

みんな弱い。しかしこの弱さはみんなが持つものであり、ぼくが持つものだ。そしてセリーヌは家を出る。トラックにこっそり乗り込み、誰も彼女を知ることのない世界へ。

トラックの運転手は家族を亡くし、一人で生きている。彼も弱い。

弱い子供と弱い大人が互いに寄りかかることも突き放すこともせず、そこにいるだけ。それだけで彼らは救われている。二人でいる時のセリーヌの無邪気な笑顔に体を引き裂かれそうになる。終わりが見えているこの旅。一時の安逸。そこで彼女が見せる子供らしい仕草は、彼女が背負ってきたモノを考えると全てがかけがえのないものだと感じる。運転手は亡くした子供の面影をそこに見る。彼は何も訊かずに面倒を見る。わがままを聞いたり、物を買ってあげたり。

少女と一緒に旅をすることになる運転手。彼はとても優しい。無言でパンを渡したり、下着を言葉がうまく使えないながらも店員に尋ねて購入したり。彼はフランス人ではなく、スコットランド出身です。フランス語はあまり話せない。

それでも彼と一緒に居ることはセリーヌにとって幸せでした。

 

娯楽作品ではないからか、中々演出が凝っている。映像が止まったり、ノイズがかかったような映像にしたり、白黒になったり。映画なのに映像が止まる。そこでそれ以前のものとそれ以後のものの間には断絶が生まれる。ノイズがかかる。そこでは映像がまともに見れず、何が写っているのかがおぼろげに察することができるぐらい。つまりそういうこと?それはそういうものとして彼らは見ているのだろうか?

嫌いな映画だ。厭うし、忌避する。けれどももう観てしまった。もうなかったことにはできない。何度も見返し、対話をしなければならない。

視聴後、こんなに気分が悪くなるのは久しぶりだった。希望や微かな明るさ、感じるという人がいるのもわからなくはない。が、ぼくには人の弱さを見せつけてくる、それでいて平然としている映画。しかもそのことに自覚がないところが恐ろしい。

 

この映画のフライヤーには四種類ある。そのうち三種類はあらすじに記されている通り”家を飛び出した少女と、トラック運転手。奇妙なふたりのロードムービー”を感じさせる。これだけを見てこの映画を見に来てしまったが、残りの一つこそが、この映画を表していると思う。それがこれだ。

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正直いっていまのぼくには手に余る映画だった気がする。アニエス、勘弁してくれ。

ここまで弱さを感じさせる映画にも関わらず、映像的には鮮やかで綺麗なものばかりだった。さすがデザイナー、冒頭から赤、蒼を中心に何でもない風景を綺麗にまとめ上げた。映画の端々に顔をのぞかせる小物もセンスが光る。セリーヌの家のキッチンは、綺麗でありながら家庭感溢れるすばらしいものだった。さすが世界的なデザイナーだと思う。この映画は赤、蒼、白の三色を基本色として構成したらしい。色をもって映画を構成するという考え方、デザイナーだ。

セリーヌの父親は映画史上最悪の父親だ。虫唾が走る。ちょっとクレイマーとチェンジしてほしい。今すぐ交代!グイドを見習え。

もはやこの父親がこの映画を嫌う理由だと言ってもいい。

 

しかしそれでもいい映画であることは確かなのです。