常々感想記

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いざ、「屍者の帝国」へゆかんとす

我々が死者に安らかであれ、と願うのは何故だろか。

それは死者が往々にして安らかではないからだ。

 

 と著者のひとり伊藤計劃は色々なところで言っている。伊藤さんの最後の作品となってしまったこの作品。

プロローグは死者が、この話では屍者と呼称される、早速動き出す。フランケンシュタインが生まれた技術によって、屍者はただの肉の塊から動く肉の塊になる。屍者は資源と化し、あらゆる場面で使われている。資源だから、墓場から屍体を盗む人もいる。

まったく安らかなんて願っても、そんなものからは程遠い。

死者が甦る話は数多くあるだろうが、屍者をソースと見なすのは新しい。弔うものでなくただの資源。石油や石炭と同じだ。その見かけに騙されてしまうと屍者をそうみなすのは難しいが、つきつめていくとそうなる。情なんてフィルターを取り払い、ただあるがままのものを見る。

ぼくが面白いと思ったのは、いまここに生きている自分も屍者となる可能性があるということだ。人は死んだら物になる。屍者は動くけど物として認識されているし、そのことはこの話では常識。そうじゃないと屍者爆弾なんか作らないし使い捨てにしない。しかし自分の身に降りかかるとは考えにくい。だって今ここに、自分という存在は確かにいるのだから。じゃあ自分と屍者との違いは何だろう。

一目見てわかる程度には屍者と生者は違う。けれどもっと根源的なもの、些末な動作の違いや発話ができないとかそういうことじゃない。ここにいるぼくは自分の意識を以てここにいることの証とする。屍者は、どうなのだろう。

簡単に答えなんかでない。出るはずもない。

その答えを探す話ともいえるのだけれど。

 

映画公開一週間前ということで再読してみました。

 

 あらすじ

屍者復活の技術が全欧に普及した十九世紀末、医学生ワトソンは大英帝国の諜報員となり、アフガニスタンに潜入。その奥地で彼を待ち受けていた屍者の国の王カラマーゾフより渾身の依頼を受け、「ヴィクターの手記」と最初の屍者ザ・ワンを追い求めて世界を駆ける―――伊藤計劃の未完の絶筆を円城塔が完成させた奇蹟の超大作。

 

 

ワトソン?カラマーゾフ?ヴィクター?海外文学をちょっと読む人ならピンときます。ワトソンはシャーロック・ホームズの盟友、カラマーゾフドストエフスキーの作品「カラマーゾフの兄弟」の三男アレクセイ、ヴィクターはまさにフランケンシュタインに出てきます。

まだまだいっぱいいます。いっぱいです。海外文学好きを自称する身としてはウキウキしっぱなしです。個人的にアイリーン・アドラーが出てきたときは、うひゃぁと震えました。実際にいた人物も出てきます。ヴォルシンガム機関なんてまさに大英帝国の超有名スパイから名前を頂戴しているし。

 

第一部以降は円城さんが書いています。

ワトソンはカラマーゾフ、アリョーシャの築いているという屍者の帝国を探します。一緒に行動するのは、フライデー。ワトソンの所属するヴォルシンガム機関から貸与された屍者。膨大な知識と言語能力を詰め込まれている。

屍者に何ができるの、と思いますが、屍体はPCのハード、で霊素と書いてスペクターと呼ぶものはソフトウェアだと考えるとわかりやすいはず。霊素は俗に言う魂、0.75オンス、21グラム。屍体を復活させるのには無論、生者と同じように魂を持たせてあげなければならない。その魂、霊素、ソフトウェアには規格がたくさんあるし、たくさんの情報を書き込める。その書き込みにパンチカードを使用するというのが個人的にミソです。フライデーは歩くハードディスク、翻訳機能つきといったところ。ちなみに屍者は発話できないから筆記で翻訳。

もう一人はバーナビー大尉。筋肉バカと言えば簡単だが、彼は彼でしっかりとした倫理と判断基準を持っている。屍者の帝国の噂を聞きだしたのも彼。荒事大好きな男。

でロシア側からアリョーシャはロシア人だからね、クラソートキン。ピンとくる人もいるでしょう。彼も「カラマーゾフの兄弟」に出てきます。アリョーシャと親交がありました。所属は皇帝直属官房第三部。

といった連れとワトソンの、屍者をめぐる旅は始まります。

最初の目的は、国と国とのグレートゲーム大英帝国ロシア帝国、その最中舞い込んできた屍者の国の実態調査といったもの。南下政策をとるロシアと、インドに拠点のひとつがある大英帝国が衝突するのは必至。アフガニスタンにそんなものがあるとしてどんなものか、と。ロシア側は屍者の国なんて、イギリス側から情報交換を打診されるまで知らなかった。寝耳に水と言ったような状態です。

アレクセイと会ってワトソンはある決意をします。

それは「ヴィクターの手記」を探すこと。そうして屍者と、その秘密を巡って旅は続きます。それはボンド的なスパイ活動と言ったところでしょうか。まさにスペクターの秘密なのですから。ヴォルシンガム機関にはMもいるし。旅でワトソンは秘密の一端を少しずつひも解いてゆきます。知らない間に、利用されていたり、利用し返したり、これはスパイ物の醍醐味でもあります。火炎放射器使ってたり、武士の屍者と闘ったり、罠を仕掛けて屍者と争ったり、走行する列車の中で追手と闘ったり。

ほら、中々アクション多い。

扱っている題材が題材なだけに、とっつきにくい人もいるかもしれませんが単純にエンタメとしても楽しめます。多少小難しいのは認めますが、固有名詞多いし。でも、魂なんてものを扱っていれば、どこか哲学めいた論や宗教めいた話が展開されるのは仕方ない。理屈っぽくなるのも。でもそれに考えさせられることも多い。生きてる、とはどういうことだ。この意識は、本当に自分の物なのか。そして屍者のあり方とは。

バーナビーが言ったワトソンの生命とは何かという問いの答えはぼくに驚きをくれた。

「性交渉によって感染する、致死性の病」

なるほどねぇーうむむ、と。

そうしてワトソンは徐々に「ヴィクターの手記」と「ザ・ワン」の秘密に迫ります。そして秘密を知ったとき、そのときワトソンはどうするのでしょう。

 

そうして迎えたザ・ワンとの邂逅、もうハチャメチャでしたねー。

正直ザ・ワンが出てきてからぶっ飛んでます。けど今まで本で見知っている人物たちが八面六臂の動きしてますし、それだけで楽しい。名前が出てくるたびワクワクしちゃう。

 

魂とは、意識とは、人とは。を考えるきっかけをくれるエンタメ作品でした。

 

ああ、映画たのしみ。本とは違うところもあるらしいし、待ちきれぬ。映像化する際にあたっての不安もあるけれど。アレクセイが三木さんというだけでワクワクがとまらねぇ。とまらねぇぞ!あとバーナビーが思う存分暴れて、ハダリーが美しければよし。

 

 

屍者の帝国 (河出文庫)

屍者の帝国 (河出文庫)